珈琲は一日二杯まで

笹谷の気が向いたときに気が向いたことを書く場所です

ゲームのことを書いたり、絵を描いたり、漫画を描いたり、小説を書いたり、適当に何でもありな趣味のブログです。

進化の存在証明

『進化の存在証明』
著者 リチャード・ドーキンス
訳者 垂水雄二
発行 早川書房
2009年11月20日 初版印刷
2009年11月25日 初版発行

という本を買ってきて。
全13章中、1~3章と、付録と訳者あとがきまで読みました。
面白いので、残りの章も読むつもりです。



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著者のリチャード・ドーキンスさんは生物学者で、『利己的な遺伝子』というベストセラーを書かれた方なのですが。
『利己的な遺伝子』という本のタイトルは知っているものの、そちらは読んだことがありません。

そういうわけで、この本を手に取った理由を、先に書いておきます。

今までにも書いたことがあるように、私の科学に対するプライベートな興味の対象は、主に次の4つです。
「宇宙」、「素粒子」、「進化」、「脳」。
このうち、「宇宙」、「素粒子」、「脳」については、現在知られている内容で、私の頭で理解できる範囲(とても狭い!)のことは、これまでの読書でだいたい把握できている気がするのですが。
「進化」については、いつまでたっても「把握した」という感覚を持てないでいます。
その感覚を与えてくれるのではないかと期待して、本書を購入しました。

すでに読んだ冒頭から3章までと、付録、訳者あとがきで主に書かれていたことは。
この本の目的と、進化に必要な「淘汰」の基本的な部分でした。
ここまででも、十分面白かったです。

進化関係の本を購入したことを、会社の同僚に話した時、彼がこんな話をしてくれました。
「アメリカ国民の大多数は、進化を信じていないらしい」と。
私は、そのことを知りませんでしたし、その場では信じませんでした。
そりゃあ、教育の機会に恵まれない人もいるだろうから、少しはいるでしょうけど。
30%もいないだろうと、たかをくくっていました。

しかし、実際には40%以上のアメリカ国民が。
「神は人類を、現在と非常によく似た姿で、ここ一万年ばかりのうちに一遍で創造した」と信じているそうです。
少なくとも、1982年から2008年まで、この数字はほぼ変わっていないようです。

実はこの数字は、ヨーロッパではかなりマシで。
別の調査なので表現は違いますが。
「私たちが現在知っている人類は、それ以前の動物種から発達してきたものだ」という主張を「正しい」と判断する人は、アイスランドが最も高く85%、フランスで80%、イギリスで79%。
32ヶ国中31番目のキプロスでも46%ですが、32番目のトルコでは27%しかいません。

他にも同様の調査結果がいくつか紹介されていましたが、アメリカの数字には驚きです。
そしてこのことは、(私は知りませんでしたが)最近になって大きく世に知られるようになってきているそうです。

ちなみに日本人の場合。
「訳者あとがき」での紹介では、2005年の調査で日本人の80%弱の人が進化論を支持しているそうです。

進化論を信じる信じないの傾向を国別に見ると、信仰が大きく関わっていることが伺えるとのこと。
イスラム圏では極端に数字が低いことが予想されています。
本文においても、訳者あとがきにおいても、そう書かれています。

本文では、教会での教えの影響について触れていましたが。
訳者あとがきでは、さらに自分の感覚との乖離の影響について触れています。
タイムスケールが大きすぎて、実感できないというわけです。

※ここまでの文章では、本書からの引用を多用していることを、お断りしておきます。

さて、これらを読んで私が思ったことは。
何のデータも証拠もないので、個人的で無責任な感覚だけの話ですが。

「進化」について人々の理解が不足している最大の理由は、宗教とか、感覚との乖離とか以上に。

「それが本当であれ、間違いであれ、日常生活には何の影響もない」ことではないかと。
そう思っちゃいました。

宗教国家では、人々にとってそんなことより神の教えの方がずっと重要なはずです。

著者は、科学教育現場の現状を真剣に憂慮されていますし、それが本書を執筆された大きな理由の一つであるようです。
訳者さんも、科学知識一般に対する無知が、世間にはびこっているかもしれないことを懸念されています。

……が。
理系の感覚ですよね?

私自身、理系の人間ですので、例えば地動説のような「人類の叡智」は人類が共有していて当たり前……みたいな感覚を理解できるのですが。
実際には、人生を生きて行く上で、そんなことを知らなくても困らない人がほとんどです。

「進化は仮定ではなく、証明された事実だ」と、熱く語るのは理系です。
それを知らないことを、「無知だ」と決めつけるのも理系感覚のように思います。

例えば、多くの立派な主婦にとっては、その日の夕食や子供の将来の方が重要でしょう。

私自身にとっても、進化論が真実だろうがそうでなかろうが、会社生活にも家庭生活にも、何の影響もありません。
ただ自分の知的好奇心の赴くままに、貴重なプライベートの時間を「進化」を理解することに費やしているだけです。

歴史についてや、身体のしくみについて、あるいは少なくとも生きている間に目にする事柄についてならともかく。
「進化」について知ることは、様々なことに悩みながら成長し、人生を歩んでいる個人にとって、かなり優先度の低い事柄であって然るべき……とさえ思えるのですが、いかがでしょうか。

と、思いついたままを書いてしまいましたが。

私個人は非常に興味がありますし、こういう内容の本を待っていたと言っても過言ではありません。
楽しく最後まで読み切りたいと思っています。


→ 完読後の感想

コメント

さささんの知的好奇心の話、おもしろいですねえ。
私の勝手なイメージの「理系」は、結論の出ることを合理的に効率化して考えることを善しとする人で、
答えのあいまいな(あるいは、証明できない・曖昧であるということが「答え」になる)思索それ自体を追求するのは「理系」というより「文系」だと思ってました。まあ、理系もつきつめれば哲学になるそうですから境界はないのかもしれませんね。

アメリカで進化論が受け入れられない、州によっては教科書に載せることさえ禁じているってのは前から気になってたことだったけれど、安易に宗教の偏狭さのみにつなげず、個人的感覚との乖離にも理由をもとめる訳者あとがきやさささんの発想に目からうろこ。日常での「必要度」が低いから禁じられていることにたいして疑問や反発も起こらないんでしょうねえ。

個人的には、「進化」について知ることのような(トピックが「進化」じゃなくてもいいんですが)、直接日々の生活に役立たないことを思索することは、思考の幅を広げ柔軟性をもつ・・・という意味ですべての人にとってすごく大事なことだと思ってるのだけど、でもそれってやっぱりそういうことが「楽しい」と感じる自分の正当化にすぎないのかなー、とも思います。

まあ、なんにせよ知ること・考えることで
生活が豊かになれたらいいですな!(無理やりまとめた)

万能創造主の存在を「信仰」ではなく「確信」している人口の数字の大きさに驚きです。14~16世紀以降は「理性としての信仰」が科学と宗教の折り合いをつけたと思っていたのですが…。

時に夕食のメニューに腐心する私にとってこそ、進化はロマンの塊ですよ(*´∀`*)
これまでもそして多分これからも、自分の人生の中で一番の偉業は「受け取った命を次代につないだ事」だと思いますので、長い長いDNAの鎖の越し方と行く方を考えずには居られません。(こうしたアプローチでの関心の持ち方は、文系だからかな?hehe:-)

ところで「進化」という言葉にはずっと疑問を持っていたのですが、単純に時間の流れによる変化のみを指すのではなく、「退化」の対偶としての「進化」の定義は、知能が向上する事なのか、環境に順応する事なのか、繁殖力や生命力が増強する事なのか……どうなんでしょうね。
知能ひとつ取っても、一元的に技術や知識だけではなく、情緒や自制力等複雑な要素があるので、自分がご先祖様になる頃にも人類が「進化」を遂げ続けて行く事が出来るのか、ボンヤリと考えてしまう事があります。

人間が進化して現在の形になったということは
解剖学をやっていると疑う余地はないと思う
けど
生理学やら何やらと勉強していると今度は神が創ったとしか思えなくなる

だから
「神が進化を促した」というのが自分の意見だねぇ

じゃあ神はどこから来たの?とかいう起源の問題になるけど
「時間も神が創ったんだよ」ってので今のとこ納得してる

そういあ、今年の夏だったかな?
ダーウィンの映画が作られたんだけど
アメリカは上映をしなかったことが問題になってたなー

◆みやさん
なんだかいつもと違う調子の文章だったので、みやさんになりすました別人かと思ったけど、内容を読んだらみやさんだった件について。
私の文章が不特定多数を意識していることに気づいて、対応してくれましたね、お気遣いどうもありがとうございます、さすがです。
理系と文系の話は、私も確信がないので保留させてください。

“日常での「必要度」が低いから禁じられていることにたいして疑問や反発も起こらない”については、私が言いたかったことをストレートに表現してくれています。
でも例えばイギリスとアメリカの違いの説明にはなっていないので、もし宗教の方で(どちらの国にもある教会うんぬんではなく)妥当な説明がなされているのであれば、そちらが正しいのかも。
カトリックとプロテスタントみたいな?(←よくわかっていない)

直接日々の生活に役立たないことを思索することは、思考の幅を広げ柔軟性をもつ……は、なるほど、その通りかも。
というか、“そういうことが「楽しい」と感じる”ことこそが大切なのかな~と思いました、人のメンタル面にとっても。

◆なおのさん
本書に書かれていましたが、むしろ宗教に関わっている(それだけ教養もある)人は、進化論を納得するのですが、教会で人に話をする時はアダムとイヴの話をするわけで(当たり前ですが)。
その話が教会に来ている人たちにとっては、真実になっているのが問題……みたいなことが書かれていました。

文系と理系の話は置いておいて(w)、進化はロマンですよね~( ̄▽ ̄〃
さまざまな証拠を順序だててわかりやすく並べてくれている本書は、大変ありがたく面白いです。

「進化」という言葉についてですが、生物学的な意味としては、なおのさんが言うところの「変化」のみを指している(いわゆる退化も進化に含まれる)ということは、とりあえず置いておくとすると。
退化に対する進化の定義は明確には存在しない……というか、使う人が勝手に決めていいという話になる気がします。
おそらく、なおのさんが疑問を呈しているのはそういう話ではなく、我々人類が自らを向上させようとしていることを前提とした上で、その先に何が待っているのか……という話だと思うのですが。
よくわかりません( ̄▽ ̄;
キーワードは「ストレス」かなぁと、個人的には思います。
社会性を極端に身につけ、その中でしか生きられない人類は、その特有のストレスにずっとつきまとわれるんじゃないかなぁ。
それは考え方や心の持ちよう(あるいは進化?:生物学的な意味ではなく)で改善できるとしても、根本原因はなくならないと思うので、進化すれば消えてなくなるというものではない気がします。

◆ひーさん
記事に書いた最初のアンケートの選択肢は、実は3つ。
1)人類は何百万年のあいだに原始的な生物から発展してきた。しかし、この過程は神によって導かれた(36%)
2)人類は何百万年のあいだに原始的な生物から発展してきた。しかし、この過程に神はかかわらなかった(14%)
3)神は人類を、現在と非常によく似た姿で、ここ一万年ばかりのうちに一遍で創造した(44%)
()内は、2008年のアメリカでの調査結果。
ひーさんがアメリカ人なら、36%に入ってるね!w

著者の立場は、もちろん2)。
だから嘆いているわけだけど。

私は宗教で扱われるような神は信じていないけど、結果的に神と呼べるようなものを「神」と定義するのは構わないと思っています。
ひーさんが言うところの神は、それに近いのかもしれない。
でも、私がこの本を読み終わった時、進化にはたぶん神は関与していないというのが結論になると予想しています。
生理学やらなんやらを知らないので、偉そうに言えないんだけどね( ̄▽ ̄;
そのへん(一見、神の意志的なものが働いているように見える件)についても、この本では説明してくれているっぽいので、楽しみにしています。

ダーウィンの映画はアメリカで……の話は、そういえば聞いたことがある気がする。
うん、最近の話だよね。
これから上映する予定の映画の話かと思ってたw

はじめまして。

今、この本の5章をちょうど読んでいたところでしたので、とても興味深く読ませていただきました。
確かに、進化論を知ったところで、日常生活にはほとんど影響はなさそうですもんね。関心は薄くなり、その分理解も低くなるというのは、頷けます。
まして、進化論は、未だにいろいろな説が出ていますし、たった一つの手や顎の新しい化石の発見で、それまでの有力な説がガラッと変わったりして、専門外の大半の人たちから見ると、なかなかわかりにくいと思います。
ですから、今でも、「ヒトはサルから進化した」などと、進化論を間違って解釈している人たちがとても多いと思います。(進化論はそんな事は言っていませんよね)

生命の起源や多様性を説明する説としては、進化論と創造論(ID論)が知られていますが、もう一つ、「地球の生命は、異星人によって創造された」、という説があるのをご存じでしょうか?
とても荒唐無稽な意見だと思われるかも知れませんが、私は、その説が最も妥当な気がします。

今は、地球上でも、生命改造の時代から、生命創造の時代に突入しようとしていますね。今はまだ途中段階ですが、ベンターが、きっとこの数年以内に化学物質から生命を合成すると思われます。
さらにGNRテクノロジーが発達していくと、人間が生命を化学物質から合成するようになると思われます。
その果てにあるものは何か、科学の発達と社会との連動を想像すると、他の惑星で生命を合成する動きになっていく、というシナリオができそうな気がします。
もし、それが過去にもあったとしたら。。。

今は、太陽系外に地球型惑星も見つかりつつありますが、今後もっと見つかるでしょうし、それらの中に知的生命が存在しないということは誰にも言えないと思います。

ご興味がありましたら、「宇宙人からのメッセージ」を読んでみて下さいね。

◆葉月さん
はじめまして。
コメントをどうもありがとうございます。
私は『宇宙人からのメッセージ』を読んでいませんので、読めば考えが変わる可能性はありますが、とりあえず今の知識だけでレスさせていただきますね。
「地球の生命は、異星人によって創造された」について、どこまでを創造されたとお考えでしょうか。
生命の起源や多様性を説明する説……と書かれていますので、多様性まで含むとすると、ちょっと今の私が感じるものとは異なる気がしました。
確かに人間が生命を化学物質から合成する可能性はあると思います(それが自然発生であれ異星人起因であれ、実際に太古に生命が誕生した時とは異なる方法かもしれませんが)。
その場合、生命を他の惑星へ……というのも、自然な流れだと感じます。
ただ、地球ではかなり原始的な生物から化石が見つかっているようですので、多様性の部分は地球上でだと考えます。
その過程で異星人が関与しているという意味でしたら、ありえるかもしれませんが、『進化の存在証明』を読む限りではほとんどない気がします。
そういうわけで、多様性についての異星人の関与には懐疑的ですが、生命起源についてはわかりません。
最初に誕生した異星人はどのように生まれたのかという話はおいておくにしても、絶対にないとは言えませんね。
そこはもう異星人の存在可能性の議論になりますが、ないとも言えないが、あるとも言えない話なので、私の中では保留です。
ただ、神が生物を作ったという考えほどではありませんが、異星人が生物を作ったというのは、不可解な部分を解明しないままなんとなく納得した気にさせる都合の良い考え方のような気もします。

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