珈琲は一日二杯まで

笹谷の気が向いたときに気が向いたことを書く場所です

ゲームのことを書いたり、絵を描いたり、漫画を描いたり、小説を書いたり、適当に何でもありな趣味のブログです。

玄武1-1

「玄武の槍使い」
目次

第一話 黒い髪、白い雪(1)

 早朝に旅先で目が覚めたとき、目に映る天井や部屋の様子がいつもと違うことにドキリとすることがある。それは軽い驚きであり、軽い恐怖でもあるかもしれない。そしてすぐに自分の状況を思い出して、そっと安堵するのだ。
 だがもし――自分がどうしてそこに居るのか、思い出せなかったらどうだろう? ましてや、自分の過去を何一つ思い出せないとしたら? 自分の名前さえ、忘れてしまっていたとしたら――。

「……君は、誰だ?」
 黒髪の青年が最初に発した言葉は、彼の視界に入った黒髪の娘に向けたものであった。少し遅れて、困惑の表情。
「ここは……どこなんだ? どうしてこんなところに俺が……いや……俺は、誰だ?」
 上半身を起こして、周囲を見回す青年。歳は二十前後であろうか。彼が横たわっていたのは、雑草で覆われた冷たい地面の上だった。暗い曇り空で、時間はよくわからない。周囲には背の高い樹がたくさん生えていて、森の中の少しひらけた場所だとわかる。自分の服装はと言えば、やはり記憶にない白い服。薄手のローブのようだが、暖かい。肌が露出している顔は、こんなに寒いと言うのに……。
 白いものが視界を舞った。
「……雪ですね」
 そっと呟(つぶや)いたのは、十五、六歳くらいの黒髪の娘だった。白と緋色のコントラストが印象的な袴(はかま)姿は、巫女の衣装を連想させた。青年の近くにいるのは、彼女だけだった。降り始めたばかりの雪が、世界に白いトーンを重ねていく……。
 白い素肌とは対照的な深く濃い漆黒の瞳が、青年を見つめた。何かを探るように、じっと青年の顔を見続けている。
 ――美しい。
 それが青年の率直な感想だった。クセがなく艶のある黒髪は、その一本一本が精巧に造られた芸術品のようだ。袴の紐で締められた細い腰が、華奢(きゃしゃ)な身体を象徴していた。鋭い眼差しでありながら、優しい顔立ち。悪い人間には見えない。
 自分が何者なのか、彼女が自分とどういう関係にあるのか、それが気になった。彼がパニックに陥らなかったのは、そのおかげかもしれない。記憶を失くした不安を忘れるくらいに、目に映る景色と娘は神秘的で……無垢な美しさに包まれていた……。

 娘の瞳が悲しみの色に染まったことに青年が気づいたとき、娘はようやく彼から視線を外して立ち上がり、感情を抑えないまま言葉を漏らした。
「……私のことを、覚えていないのですね。今日という日を、五千万年も待ち続けたというのに」
 五千万年……この娘は、人類が誕生する以前から生きていたとでも言うのであろうか? そうではなかった。青年に記憶がないことを確信した彼女がゆっくりと簡潔に説明する姿は、嘘をついているようには見えない。だが、にわかに信じがたいのは仕方がないだろう。彼女はこう言ったのだ。
「あなたの持ち合わせている常識は、今から一億年前のものです」
 青年が生きていたのは、西暦二千年台。人類の繁栄がピークを極め、人々が環境問題に敏感になり始めた頃だ。
「そして今から五千万年前に、あなたは初めて“召喚システム”によって過去から呼び出され、私と出会い、世界を救いました」
 世界を救うとは、なんというファンタスティックな経験であろうか。まるでゲームの主人公ではないか。だが、記憶がないのだから、絶対にありえないとは言えない……が、やはり簡単には信じられない。
「さらにその五千万年後の今、あなたが召喚システムによって再び召喚されることは、予想されていました。五千万年前から……五千万年の周期で、世界滅亡の危機が訪れることがわかっていたからです。そして、一度は世界を救った実績のあるあなたが召喚されることは、誰もが疑わない確定事項でした。五千万年前と同じことをすれば、世界を救えるはずなのだから……」
 でも、と娘は言った。その眼差しは真剣だった。
「何かが変です。おかしいのです。あなたの存在情報は召喚システムに保存済みのはず。記憶を失くした状態で召喚されるなんて、そんな非効率的なことを、システムがするはずが……」
 彼女にとっては当たり前で、とてつもなく重要な問題なのだろう……。なんとなくそうは感じるものの、青年にはピンと来なかった。今の彼にとっては、自分のことを自分が忘れていることの方が大問題だからだ。
「その……これだけは最初に教えてくれないか?」
 自分の思考に没頭していた娘が、顔を上げた。意識が自分に向いたことを確認してから、青年が尋ねた。
「君の名前と……俺の名前を、教えてほしい」
 頷いた娘が、ゆっくりと言った。
「私の名前は、カズサ。あなたの名前は、カイリです」
 微笑む青年。
「ありがとう。カズサとカイリか……いい名前だ」
 のん気にそう言うカイリに、カズサが一瞬あきれた表情を見せ……それから思い直したように微笑んだ。そうですね――そう答えた娘の声は、優しかった。

「記憶喪失のこと以外に、もう一つ気になることがあります」
 生真面目な性格がよく現れたカズサの黒い双眸が、鋭さを増した。とにかく街を見てみたいと言ったカイリに、すぐに同意しなかった理由がそれだった。
「あなたの身体に、埋まっているものがあります。それが何なのか、わかりません……。五千万年前には、なかったものです」
「…………」
 嫌な気分になるカイリ。
「埋まっているって……そう言われても、どうしたらいいのか……その前に、どうしてそれがわかるんだ?」
 カズサはカイリより五歳くらい若く見える。だからカイリは初めからタメ口で話していたが、こんな時の彼女は、年下とは思えない貫禄というか……落ち着きがあった。五千万年も生きているというのが本当なら、当たり前なのかもしれないが……。
「じっとして、動かないでください」
 そう言うと、カズサはカイリの胸の中央付近に手のひらを当てた。有無を言わせない雰囲気に、ドキリとするカイリ。
「心臓の大動脈と肺動脈の近くです。セイリュウ姉さんが協力してくれたら、簡単なんですけど……私だけの力では、たぶん……」
「たぶん……?」
 何をされるのかわからない不安と恐怖に包まれる。カズサが落ち着いた様子で言った。
「たぶん……少し痛いです」
 その瞬間、あまりの激痛にカイリがのけぞった。身体を裂かれるような感覚に、声も出ない。
「…………ッ!!」
 涙を浮かべた、真っ赤なカイリの顔。みっともないが、体裁を気にしている余裕はない。いつだったか自転車の事故で左腕を骨折したことがある。しかし、その瞬間はむしろ痛みはなかった。時間が経つにつれて痛みは増し、一番痛かったのは病院で治療を受けていた頃だ。それに対し、たった今経験した激痛……身体を内側からカミソリの刃で切られるような鋭い痛みは、ショックで心臓が止まるかと思えるほどだった。ただ……それは一瞬で……。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
 慌てるカズサの肩に手を掛け、カイリが前かがみのまま顔を上げた。ショックで固まった直後の顔で無理に笑おうとしたカイリの表情は、かなり複雑だ。
「はは……だ……大丈夫。何だろう……もう痛くない。全然痛くないから」
 結局、情けない顔つきになってしまった。が、痛みがひいているのは本当だった。まだ神経が激痛の余韻を引きずってジンジンしてはいるが。
「……ごめんなさい……私がもっと上手にできれば……!」
「え……」
 カズサが、カイリの肩に腕を回して抱きつき、震えていた。今その顔は見えないが、抱きつく直前に見せた、大粒の涙をぽろぽろとこぼす顔が忘れられない。先ほどまでの貫禄が幻なのではないかと思えるほど、幼(おさな)く、弱々しく見えた。
 ……そして、カイリは決めた。この娘……カズサを信頼しようと。
(涙を見ただけでこんな気持ちになるのは、我ながら単純だと思うけど……)
 記憶を失くした今の自分にできることは、それだけだと……そう思った。

「これは……?」
 カズサがカイリの身体から取り出した――どうやったのかはわからないが、彼女がそう言った――物を見つめて、カイリが唸(うな)った。
 磨かれたアルミかステンレスのような金属光沢を放つ銀色で細長い円柱形のそれは、長さといい太さといい、一方が円錐形をしているところまで――“鉛筆”に、そっくりであった。
「わかりません、何なんでしょうか」
 そして、カズサが何かに気づいた。
「ここを見てください」
 カズサが示した場所。円柱形の側面。尖った方とは逆の端に、文字のようなものが見えた。光を反射させないと見えないのは、その模様が極めてわずかな凹凸で刻まれたものだからだ。模様……いや、それは確かに文字だった。しかも、カイリが生まれた時代には、世界にありふれていた文字……アルファベットだ。

STOK

「ストーク? ストックかな?」
 悩むカイリの横で、カズサがカイリを見つめてポカンとしていた。
「……ストークなら、S、T、O、K、Eです。ストックならS、T、O、C、K。どちらも綴りが合いません。あの……カイリには、健常サヴァンの瞬間記憶能力があって、辞書に載っている英単語くらいなら……」
「?」
 不思議そうな表情(かお)のカイリ。
「サヴァ……何だって? ていうか、五千万年とか一億年とかいう話をしていたのに、“辞書”とか“英単語”とか、妙に日常的な……いや、その前にそもそもよく日本語が通じるよな?」
「…………」
 まじまじと互いの顔を見つめ合う二人。先に口を開いたのは、カズサだった。
「私を造ったのは、カイリが生まれた時代に近い日本の研究チームですから……。それはともかく……やっぱり変です。顔は同じだし、性格も似ている気がしますけど……私が知っているカイリとは、やはり違うのでしょうか……」
 何も答えられないカイリ。造った……? その言葉の方が気になる。
「五千万年前のカイリには、瞬間記憶という能力がありました。その力のおかげで、カイリにとっては五千万年後の未来のシステムを、三日で使いこなすことができたと聞いています。何冊ものマニュアルを、一度読んだだけで記憶できたから……」
 何かを思い出そうと天を仰いだカイリが、今度はうつむいて地面を眺めた。
「だめだ……何のことだか、さっぱり、わからない」
「そ……そうですか」
 二人の間に流れる気まずい空気。慌てたようにカズサが言った。
「あの、STOKに合致する名前として、カイリが生まれた時代の、インドという国にあった村の名前があります。固有名詞なら、他にもありえますよね。人名とか」
「そ……そうか、カズサは物知りなんだね。うん、人名かもね。俺も小学生になったばかりの頃は、鉛筆に全部名前が書かれていた気がするし」
 ははは……と、乾いた笑いを交わす二人。この時点で、自分がカズサを呼び捨てにしていることに気づいたが、気にしないことにした。たぶん、先に呼び捨てにしたのは、カズサの方だからだ。
 ともかく、わからないことだらけだった。カイリにとって頼りになるのはカズサだけだが、彼女も全てを知っているわけではない。むしろ予想外のことが多くて、とまどっているように見える。そのことが、かえってカイリを落ち着かせた。こういう感覚を、父性本能と言うのだろうか?
「……あのさ、カズサ」
「はい」
 できるだけ落ち着いた声を出すように努めるカイリ。
「君が俺に良くしてくれるのは、俺のことを五千万年前のカイリという人だと思ったからだというのは、わかってる……」
「…………」
 黙っているカズサ。
「だから……もし、俺が、その……カイリという人と無関係だとわかったら……置いていってくれて構わない。本当は別の場所で、本物のカイリが君を待っているかも知れないわけだしさ……」
 短い時間でも、カイリは十分に感じていた。カイリという人物がカズサにとって、いかに大切な人かということを。おそらく、世界を救った英雄とその仲間という以上の……深い間柄だったに違いない。
 カイリの正面に立っていたカズサが、突然顔だけをパッと左に向けた。今まで見た中で一番厳しい目つきで森の奥を見つめている。
「……大切な話があります」
 視線を森の奥に固定したまま、呟くカズサ。
「今のこの世界には……五千万年前には存在しなかった者達が、はびこっています。今のカイリでは、とてもたちうちできない……悪質な……」
「…………」
 たぶん、そいつらが近づいているということなのだろう。どうしてカズサにそれがわかるのかは謎だが、そう理解したカイリ。ただし、どうしていいのかは、さっぱりわからない。
「よくわからないけど……逃げた方がいいのかな?」

 ~(2)へ続く~

コメント

久々に小説キターッ(*´∀`*)

前回のカイリの冒険には「カズサ」はいなかったはず・・・
セイリュウを姉さんと呼ぶ彼女は四竜の妹?誰なんでしょう?
曇っているとしても「あの世界」なら空は赤いはずだし
どんなお話になるのか楽しみです。

3月までは日曜日も忙しい日が多いので、なかなか進まないと思います。
4月以降は、余裕ができると思うのですが……というか、できてほしい!

◆ヒデタルさん
久々に書いてみました( ̄▽ ̄;

◆Aryuさん
いろいろ考えてくれて、ありがとうございます。
広い心で受け止めてください( ̄▽ ̄;

おぉぉぉぉぉおおおぉぉぉお
カイリ!セイリュウ!ということは竜連れの続編?アナザーストーリー的なものなのでしょうか?
続きがとても気になりますし、楽しみにしておりますヽ(゜∀゜)ノ
でも無理せずのんびりさささんのペースで書いていってくださいね(*'-')

◆Jさん
あ、見つけられたっ!Σ( ̄▽ ̄;
竜連れの直しもしないで新しいの始めて、すみませんすみません。
内容についてはあえてここでは書きませんが、広い心で見守ってやってください。
それにしても、もっと面白く書けないものかと、一話から悩める私でした……。

久しぶりに来てみたら、
新しい小説がさりげなく始まっているじゃあ、ありませんか!!


続編かな、違う次元とかかな・・・・?
と勝手に想像しながら読んでいました。
ささ さんの書くのは面白いので、期待しております。
今回も、頑張ってくださいね~!!

◆蜜柑さん
ぎく。
今回も1話だけ書いて止まってしまっています。
今年度は土日がつぶれることが多かったのですが、4月からは毎週フリーになるはず……。
ちゃんと練って書きたいと思います。
励まし、ありがとうございました!

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