珈琲は一日二杯まで

笹谷の気が向いたときに気が向いたことを書く場所です

ゲームのことを書いたり、絵を描いたり、漫画を描いたり、小説を書いたり、適当に何でもありな趣味のブログです。

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竜連れR 001

「竜を連れた魔法使い(リメイク版) ― マティの章 ― 」


第一話 カイリ、遭難

 とりあえず遭難中。
 ……で、梨によく似た果実にかぶりついている。
 というのが、今の彼の状況であるわけだが。

 先に、彼の記憶の中にある前日の話をしよう。

 ストレートの黒髪を短く切っている彼は実直そうな風貌の十八歳で、地元では有名な進学校に通う三年生だ。
 つまりこの冬まで、大学受験の真っ只中。
 ……にあったわけだが。

 雪がちらつく午後、彼はその勉強漬けの日々から解放された。

「滝谷、例の推薦、受かってたぞ。おめでとう」

 彼を職員室まで呼び出した担任で中年男の物理教師が、開封したばかりの封筒を手にそう告げた。
 広げられた書類に『滝谷海里《たきたにかいり》殿 合格』の文字が見える。

「あ、はい。ありがとうございます」

「先生もホッとしたぞ。お前、応用問題が苦手だからな。推薦で二次試験を免除されなければ、受かったかどうか……」

 彼が高校からの推薦により共通試験と過去の模試の結果のみで合格した大学の情報工学科は、国内で一、二を争う狭き門だった。
 全ての教科でまんべんなく点を取るタイプの生徒ではあるが、彼が得意なのは記憶力に頼る問題であって、過去問にも類例がないような数学のオリジナル問題や、発想や工夫が必要な問題は他の優秀な生徒には及ばない。
 とは言え、本をよく読む子供だったので現国や小論文も割と得意だし、記憶が頼りの地理歴史・公民はもちろん、ルールや公式をよく覚えているので古文・漢文や理数系でも点を稼げる。
 英語は、記憶している単語数が多い上に文脈を読める国語力があるし、文法もよく覚えているので筆記も問題なく、一番の得意科目と言えた。
 ただし、受験科目としては、だ。
 ヒアリングや発音はまるでダメだった。
 大学別の二次試験ではそういう実践重視の試験もあったりするので、筆記のみの共通試験と模試の結果だけで国内有数の大学に合格できたことは、彼にとって幸運だった。

「記憶力だけなら、全国トップクラスだろうな滝谷は」

「記憶力だけって……ちゃんと勉強していましたよ。それに単に記憶力が高いというのとは、ちょっと違います。授業での先生の話とか……あまり覚えていませんし」

「お前な……」

 あきれた表情を見せる先生だが、怒ってはいない。
 担任としての肩の荷が降りた安心感の方が勝っているのだろう。

「前にも言いましたけど、俺が得意なのは、本に書かれたりディスプレイに表示されるような文字列……文章の暗記なんです」

「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。映像や音楽を覚えるのは苦手だが、円周率暗唱ならギネス記録の更新も狙えるとか……。調べてみたんだが、世界記録は数万桁らしいじゃないか。いくらお前でも……」

 記憶力に優れた生徒が微笑んだ。
 自信があるらしい。

「まあいい。しかし記憶力ってのは衰えるものだからな……大学では応用力や実践力も磨けよ。社会に出たら、そっちの方が役に立つ」

「はい。先生には大変お世話になりました。ありがとうございました」

 彼は合格通知の書類を受け取ると、会釈をしてから廊下に出た。
 一人になって、ようやく実感がわいてくる。
 何より今までの苦労が報われたことが嬉しい。

(父さん母さんも、喜んでくれるだろう……)

 そこまでは、はっきりと覚えている。
 廊下の窓枠に雪が積もり始めていた。

 彼が教室に向かおうとしたその時。
 突然、意識が飛んだ――。



 気がつくと、カイリは深い森の中に立っていた。
 前触れらしきものは、何もなかった。
 突然謎の光に包まれたわけでも、神の啓示を聞いたわけでも、未確認飛行物体が現れて連れ去られたわけでもない。

 まばたきを一回したら景色が変わっていた。
 そんな感じだ。

「…………」

 呆然として言葉も出ない。
 三秒が過ぎて、最初に漏れた言葉は――。

「あ……っつい!」

 今日は雪が降っていたはずだ。
 にも関わらず、急に上昇した気温でドッと汗が噴き出した。
 目の前には、日本ではあまり見かけないであろう景色。

 見慣れない亜熱帯系らしき木や草が生い茂っていた。
 とにかく枝と葉の量が多くて、空が見えないくらい頭上を覆っている。

 冬服のブレザーを脱ぎ、白シャツの袖をまくるカイリ。
 どうやら本当に熱帯地方ほど暑いわけではないようだが、日本で初夏を感じるくらいの気温はある。

(……どうなっているんだ?)

 頭の中を埋め尽くすクエスチョンマーク。

「待て。落ち着け、俺」

 周囲を見渡すが、人の気配はない。
 時折、鳥や獣のけたたましい鳴き声が響き渡っている。
 考えるカイリ。

(ここがどこか、というのは後回しだ。何が起こったのかも置いておこう。重要なのは……)

 重要なのは、この森から脱出できるかどうか、だ。
 少し歩いたくらいで道路でも見つかれば、まだ生き残れる可能性はある。
 ここは日本ではないかもしれないが、人に出会うことさえできれば、なんとかなるかもしれない。
 だが……。

 ここが広大な森林の奥地だとしたら――。

 現代日本の高校生に過ぎないカイリが身に付けている能力は、受験勉強くらいである。
 得意の記憶力も、森の中で役に立つとは思えない。
 サバイバルの知識でも持っていれば良かったのだろうが、日々を受験に特化していた彼にそんな余裕はなかった。

 もちろんサバイバルの経験などないし、それどころか近くにコンビニのない生活さえ皆無だ。
 海外旅行さえ、まだしたことがないのである。

 しかも運動が苦手で、体力にはまるで自信がなかった。
 そんな彼が何の準備もなく未開の奥地に放り出されたのだとしたら、生き延びられる確率が一パーセントもあるとは思えない。
 さらに。

 ジャングルの中は、うっすらと茜《あかね》色に染まっていた。
 夕刻なのだろう。
 日が沈めば夜が来る。
 太陽が沈むまで歩き回るのは危険だと感じていた。
 世界が暗闇に閉ざされる前に、安全に夜を過ごす方法を探す必要がある。
 森からの脱出を試みるのは、夜が明けてからだ。

 ここまでのカイリの判断は、かなり冷静だと言える。
 あまりに突拍子もない出来事に対し、まだ実感がわいていないというのが最大の理由だ。
 次のまばたきの後には、学校の寒い廊下に戻っているのではないか……そんな気さえしていた。



 結論から言うと、カイリは安全な場所を確保できていなかった。
 腕時計の針が時間の経過を正確に彼に教えるところによれば、わけがわからないまま鬱蒼《うっそう》とした森の中に放り出されて六時間を過ぎようとしていた。
 にも関わらず、森の中は夕焼け色の薄暗いままで夜にならないし、高校の廊下に戻ることもなかった。
 まるで時が止まっているかのようだが、確かに腕時計は時を刻んでいるし、すっかり空腹になっていた。

(腹……へったな……。のどはカラカラだし……)

 しばらく夜が来ないとわかっていれば、水や食料の確保を優先するべきだったのかもしれない。
 飢え死にする前に脱水症状で倒れるのが先だろうな、とカイリは思った。
 さらに、疲れで眠くなってきていた。

(やばいな……かなり、やばい……)

 今のところ獰猛な肉食獣に出くわすようなことはなかったが、道路も水辺も見つけられていない。
 都合よく洞窟を見つけることもなかったし、それどころか登れそうな樹さえ見あたらない。
 地面にぶっ倒れるしかなさそうだった。

(おかしい……今頃は家に帰って、父さんたちに大学合格を知らせているはずだった……のに……)

 気がつくと頬が地面に付いていた。
 うつ伏せに倒れた身体に虫が這い上がってきても、払い落とす元気さえ今のカイリにはない。

 冬の高校にいたはずが、温暖で深い森の中。
 何時間たっても、訪れない夜……。
 そしてもう一つ。
 カイリはこの森の奇妙さに気づいていた。

 よく見ると、周囲の木々の全てが同じ一方向にだけ枝を広げているのだ。
 幹の片側にだけ枝が密集している。
 それは、夕日が差し込んでくる方向と一致していた。

 何もかもがおかしく、受け入れがたい現実だった。
 夢を見ているか、気が触れたか……そう考える方が自然な気がする。

 夢でないことはわかっていたが、気が触れた経験はないので、気が触れるとはこんな感じなのかもしれない、と考えるカイリ。

 やがて、地面に横たわったまま意識が落ちる。



 そして。



 何かの気配を感じて意識が戻った。
 薄く開けたカイリの目にぼんやりと映る光景は、やはり夕日に染まる森の中だった。
 
(…………外国人?)

 オレンジ色の明かりの中で、ほっそりとした後ろ姿が歩き去っていくのが見えた。
 性別は不明だが、こぼれるような豪奢《ごうしゃ》でボリュームのある金髪《ブロンド》が揺れている。
 頭の両耳の位置から突き出しているのは、髪飾りであろうか……。

(待……って。助けて、く……れ……)

 その願いは声になることはなく、のどがヒューヒューと小さく鳴るだけだった。
 再び沈む意識。



 カイリは深い眠りに落ちていた。



 すさまじい空腹と、渇いたのどの痛みがあった。
 さらに、全身の痛みと痺れ。
 そんな不快な感覚の中でカイリは再び目覚めた。

 うつぶせになっていた身体をなんとか回して、仰向けになる。
 身体の前面に血が通うのを感じた。
 とにかく全身が痛いが、なんとか動けそうだ。
 そして頭が少しすっきりしているのは、眠ったおかげだろう。
 どうやら危険な生物に襲われる不幸は避けられたようだ。

 相変わらず、夕日……いや、方角がわからないので朝日かもしれないが……の中にあった。
 寝起きのせいか、眠る前よりも明るく感じる。
 ずっとオレンジ色の光の中で過ごしていたせいで、目が慣れてあまりオレンジ色に感じなくなっていた。

(いてて……)

 床ずれと筋肉痛の痛みに耐えながら上半身を起こすと、かたわらに何かがあった。
 布だ。
 派手な色彩でタータンチェック柄の布に見えるそれは、カイリの持ち物ではない。
 ハンドタオルくらいの大きさの布に包まれた何かが地面に置かれていた。

 警戒する心の余裕はなかった。
 今のカイリにできることは危険を避けることではなく、生き残る可能性を探すことだけだった。

 手に取り、広げた布の中から出てきたもの。
 それは、梨によく似た果実に見えた。

コメント

謎の人、助ける気があるのかないのか
なんともびみょーな手の出し方ですねw

◆Aryuさん
何がしたいんだ……って感じですねw

とりあえず今まで何度も書き直した中で割とまともになってきたばかりです。
まあ私の小説はどれも一話目はよくわからないスタートをするんですがっ。
一人でこねくり回していても、自分で見えていない部分はなかなか見えるようにはならないというか。
ますます視野が狭くなっていく気がしたので、「ここはちょっと……」というところを誰かに指摘してもらえたらなぁと思って、載せてみました。
ここは、わかりにくいとか、くどいんじゃないかとかw

作者側の意図が見えない中で指摘してもらえる部分は限られそうですが。

何にせよ、何かしら言葉をもらえたのは嬉しいです。
ありがとうございます!

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