珈琲は一日二杯まで

笹谷の気が向いたときに気が向いたことを書く場所です

素人がゲームのことを書いたり、絵を描いたり、漫画を描いたり、小説を書いたり、適当に何でもありな趣味のブログです。友達は少ない。

竜連れR 4(r2)

「竜を連れた魔法使い(リメイク版) ― マティの章 ― 」
→目次

第四話 離位置《テレポート》

 見上げると、揺れがおさまった木の幹に一本の矢が刺さっていた。
 ここから池の対岸まで百メートルくらいあるのだが、矢を放った者にとっては大した距離ではないらしい。
 相手を確認するために顔を出す勇気はカイリにはなかった。

 身の危険を感じて逃げ出したいのは山々なのだが、情けないことに手足に力が入らない。
 生まれて初めて“腰が抜ける”という状態を体験していた。
 その時――。

「はぃりふるほーん、ふるるれーにぁ?」

 すぐそばで若い女の声がした。
 何を言っているのかはわからないが、歌うように軽やかな美しい声だ。
 驚き、戸惑うカイリ。
 ここが異世界だということは忘れていた。

「はるまりぃーにあ!」

 興奮した嬉しそうな声とともに何かが足元から飛び上がり、カイリの顔に貼りついた。
 心臓が止まるかと思うほど驚いて立ちあがるカイリ。
 そして思い出した。
 矢で狙われる直前に、巨大な昆虫らしきものが飛び込んできていたことを。

 しかし昆虫にしては顔に当たる感触が柔らかかった。
 少なくとも虫のささくれ立った脚ではない。
 例えるなら綿が詰まったぬいぐるみ……いや、それよりも柔らかい。
 しかも蜂蜜のような甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 そして唐突に。
 ヒヤリとする冷たい感触がカイリの額《ひたい》の一点を濡らした。

「う、うわああああああ!」

 驚いたカイリが叫ぶのと同時に“彼女”がカイリの顔から離れた。
 そのまま二メートル前方の空中に浮いている“彼女”。
 カイリより一つか二つくらい年上に見える女だった。
 ただその身長は三十センチ程度しかなく、動いていなければ人形だと思っただろう。
 周囲を見回しても他に誰もいないことから、先ほどの声の主は彼女らしいと判断した。

 嬉しそうに見つめる黒い瞳を警戒しながら見つめ返すカイリ。
 女の整った顔立ちは美しく、白い肌の輝きは神秘的でさえある。
 目を引く艶《つや》やかな黒髪は胸の高さまでストレートに伸び、そこから緩やかなウェーブを描いて腰まで達していた。
 七分袖の白シャツと濃紺色《ネイビーブルー》の胸当付《サロペット》ロングスカートは、清潔でさっぱりとした印象でありながら優雅な女らしさも感じさせる。
 そんな彼女の背中には、青みをおびた透明な翅が生えていた。

(……ここは、童話の世界なのか?)

 人形サイズの彼女を一言で形容するなら“服を着た妖精”だった。
 ここが異世界であることを思い出したカイリは、そういう生物がいることは受け入れようと思った。
 しかし彼女の翅は動いておらず、当然羽音も聞こえない。
 それでも宙に浮いている。

 それを見ると「いくらなんでも非常識すぎる」という思いが頭から離れない。
 その翅は飾りかと問い詰めたくなる。

 この世界でもある程度は自分の知る常識や物理法則が通用すると思っていたカイリ。
 それは物事を理解し、次に何をするかを決める上で心の支えになっていた。
 しかし目の前にいる妖精の存在は常識も物理法則も無視しているように見える。
 空想上の産物としか思えない彼女を目にして、払拭していたはずの考えが再び頭をもたげた。

(やはり俺は気が触れてしまったのか……)

 自分の正気を改めて疑うカイリの前で、優しく微笑む妖精の目にうっすらと涙が浮かんでいた。

「お会いできて……嬉しいです、マスター……」

 はっとするカイリ。
 彼女の言葉を理解できていることに気がついた。
 先ほどまで全くわからなかったはずだ。

(くっそ、どうなってるんだ……)

 自分自身さえ信用できなくなっている状況で、何を信じればいいのかわからなくなっていた。
 そして……。

 シダーン!

 混乱するカイリの近くで再び轟音が鳴り響いた。
 近くの木に突き刺さった二本目の矢は、先ほどの矢と何かが違って見えた。

 その理由が、刺さった角度であることに気づく。
 水平方向に三十度くらいずれていた。

(池を回り込んで、近づいてきているのか……)

「逃げましょう、マスター」

 妖精からの提案だった。
 彼女はカイリよりもずっと落ち着いているように見える。

「逃げるって……どこへ?」
「マスターの屋敷へ、です」

 即答だった。
 妖精の目を見つめるカイリ。
 この妖精を信用していいのかどうかわからない。

 そもそも狙われているのはこの妖精であって、カイリも狙われるとは限らないのではないだろうか。
 そうは言っても、姿が見えない者からの射撃にすっかり怯えているのも確かだった。
 この場から逃げ出せるものなら、逃げ出したい。
 そしてこの森からも脱出できるのであれば、それはこの三日間におけるカイリの悲願でもある。
 そこまで考えて大きく息を吐くカイリ。

「俺の名は滝谷海里、です。
 ……あなたの名前は?」

 悠長なカイリの質問にイライラする様子もなく、妖精は頭を下げた。

「申し遅れました。
 私はフェアリ族のテクニティファ・マティ・マヌファと申します。
 マティとお呼びください。
 この世界に召喚されたマスターに仕えることが私の役目です」

 自分を見つめる真剣な眼差しにカイリは好感を覚えた。
 非常識も含めたうえでメリットとデメリット、リスクとリターンを天秤にかけたカイリの心はすでに決まっていたのだが、彼女の真摯な態度がそれを後押しした。

「わかりました。
 詳しい話は後で聞かせてください」

 カイリの言葉にほっとした表情を浮かべるマティ。
 そして池とは反対側に走り出そうとするカイリを引きとめた。

「お待ちください、マスター。
 マスターを見つけたのですから、もうこの樹海に用はありません」
「…………?」

 マティが何を言いたいのかカイリにはわからなかった。
 宙に浮いたまま、右の手のひらを胸に当てて目を閉じるマティ。
 そこへ三本目の矢が飛来し、別の木の幹が大きな音を響かせる。

 カイリは、マティが何かをつぶやいていることに気がついた。

 ――高目移行放棄《ランクアップキャンセル》・汎数《レベル》1
 ――通模《インプット》・要俳《キーワード》
 ――解《かい》にて、塵《じん》に帰し……

 四本目、五本目の矢が立て続けにマティとカイリをかすめ、近くの幹に突き刺さった。
 それでも言葉を途切れさせないマティ。

 ――……列《れつ》をもって、再《さい》なる、全《ぜん》と成す
 ――転配《コンパイル》
 ――役名《コマンド》……

 マティのつぶやきはまるで呪文のようだとカイリは思った。
 そして最後の言葉を口にするマティ。

「……〈離位置《テレポート》〉」

 何本もの矢が降り注ぐ中、宙に浮くマティの下にある地面が白く光るのをカイリは見た。
 水面に落ちた雫《しずく》が描く波紋のように、白い光は広がる円となって拡散する。
 光の円が通り過ぎた地面では、無数の光点が星空のように瞬いて消えた。

 驚くカイリが理解する前に、マティとカイリの身体が眩《まばゆ》い白い光に包まれる。
 光が消えると、そこに二人の姿はなかった。


 ~ 第五話へ続く ~

コメント

正体のわからない虫かもしれないものなんて、
近くに来ただけでも怖いのに
それが顔に飛びついた時点で大声を上げて手で振り払いたい
感触や香りを分析する余裕がすごいですw

マティさん、翅を動かさずに浮いているということは
飛んでいる時に音はしないのでしょうか?

◆Aryuさん
虫は恐いですね~。
カイリの場合は突然の出来事に固まっているという感じですが、もう少しわかりやすく書きかえようと思います。

マティの飛ぶ音は全くしません!
それも書き足そう……。
浮いている仕組みは魔法の品浮と同じなんですが、どういう仕組みかは2通り考えていて、どうするかまだ決めていなかったり。

2014.7.20(4) 修正(rev.1)

2014.8.9 修正(rev.2)

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