珈琲は一日二杯まで

笹谷の気が向いたときに気が向いたことを書く場所です

小説「竜を連れた魔法使い」連載中

素人がゲームのことを書いたり、絵を描いたり、漫画を描いたり、小説を書いたり、適当に何でもありな趣味のブログです。友達は少ない。

竜連れR 9(r2)

「竜を連れた魔法使い(リメイク版) ― マティの章 ― 」
→目次

第九話 品浮《レビテート》

 崖の上で木々の間を渡る涼しいそよ風。
 いつもより少し眩しく見える太陽が地平線に浮かんでいる。
 明るいオレンジ色に照らされたカイ・リューベンスフィアの屋敷は静かで、部屋の照明は全て消されていた。

 十畳くらいの広さがある寝室には大きなベッドがあり、宮棚の上には十冊以上のノートと時を刻むカイリの腕時計が置かれていた。
 腕時計の針は五時を示していて、カイリにとっては早朝である。
 部屋の中を淡い光で満たしているのは、ガラス窓に設置されたウッドブラインドの隙間から漏れる外光だ。

 ブラインドを構成するスラットとスラットの間からガラス越しに部屋の中を覗く小さな影があった。
 ベッドで眠る黒髪の青年を確認して、その口元に笑みが浮かぶ。
 汚かったカイリの髪は綺麗に洗われてサラサラになっており、無精ヒゲも消えていた。
 服装もラフな部屋着を勝手に使っているようだ。
 寝室の窓から離れた彼女は青みがかった透明な翅を広げ、濃紺のロングスカートをひらめかせて屋敷の裏へ飛んだ。

 屋敷の裏には勝手口のポーチがあり、そこに大きなバスケットが置かれていた。
 白い布がかぶせられていて中身は見えない。
 布の上で大きなアーチを描く取っ手に触れたのは、七部袖の白シャツから伸びる小さな手だ。
 魔法の呪文が流暢《りゅうちょう》な日本語でささやかれた。

 ――高目移行放棄《ランクアップキャンセル》・汎数《レベル》1
 ――通模《インプット》・要俳《キーワード》
 ――“系《けい》と形《けい》と径《けい》を保ち、計《けい》を軽《けい》とし掲《けい》することを契《けい》す”
 ――転配《コンパイル》
 ――役名《コマンド》……

「〈品浮《レビテート》〉」

 ポーチの床から周囲へ光の輪と無数の光点が広がり、〈離位置《テレポート》〉の時に身体を包んだのと同じ眩《まばゆ》い白い光でバスケットが視界から消える。
 すぐに光がおさまると、バスケットと白い布が半透明になっていた。

 バスケットと白い布はその表面だけを残して中身が消えたかのようだった。
 薄いフィルムで作られた模型か、立体映像であるかのように向こう側の景色が透けて見えるのだ。
 そよ風が当たるだけで揺らめいている。

 身長が三十センチほどしかない小さな身体と、小さな手につかまれた“バスケットだったもの”が同時に浮き上がった。
 そのまま手を触れずに勝手口のドアをそっと開け、まるで風船を引くように軽々と“バスケットだったもの”を運んでいく。
 周囲に人の気配がないことを確認すると、大きな冷蔵庫の前に着地した。

 その直後、“バスケットだったもの”が白い光に包まれてバスケットに戻った。

 バスケットから白い布を取り去ると、パンや加工肉、卵、生野菜、ミルクといった食料品が姿を見せた。
 それらをせっせと冷蔵庫の中に移し始めるフェアリ族の女性。

「唯一解けなかった謎の正体は、マティだったんだな」

 突然背後からかけられた暗い声にびくりと頭を上げるマティ。
 この屋敷に居るのは彼女の他には一人だけだ。
 ばつが悪そうな様子でマティがゆっくりと振り向くと、キッチン入口の柱に寄りかかるように立っている黒髪の青年と目が合った。

 マティが目を見開き、息をのんだ。
 それほどカイリの目に生気がなかったからだ。
 寝起きで機嫌が悪いというレベルではない。
 まるで不死の病を宣告された直後のような絶望に沈んだ顔に見える。

「お、おはようございます、マスター」
「おはよう、マティ」

 マティはどうしていいのかわからず、ただカイリを見つめていた。
 彼は無言のまま冷蔵庫に近づき、入れられたばかりのパンを取り出すと指でちぎって口に放り込んだ。
 もしゃもしゃと咀嚼《そしゃく》し、ミルクが入ったガラス瓶に口をつける。

「このパンは冷蔵庫に入れないと日《ひ》もちしないのかな」
「そ、そうですね。風味は落ちますが暖めるとおいしく食べられます」

 冷蔵庫の前で中身をあさるように食べるカイリをじっと見つめるマティ。
 会話は普通だ。
 自分の変化に気づいていないのだろうかと想像するが、彼の身に何が起こったのかわからない。
 ベッドで寝ている姿に異常はなかったはずだ。

 調理をしなくても食べられるものばかりだが、行儀がいいとは言えない朝食を終えたカイリが再び口を開いた。

「三日ぶりだね」
「はい」

 カイリがいう三日とは、カイリの腕時計が刻んだ日数である。
 太陽が沈まない世界の住人であるにもかかわらず、マティは日数の感覚を持っている。
 そしてマティの三日はカイリの三日と同じであることをカイリはほぼ確信していた。

 マティが森で言った「マスターを見つけるのに三日もかかってしまった」という言葉。
 それはカイリが森に転移してから三日目のことだった。
 そして「百年ごとの同じ日にあの樹海にマスターが召喚されることを知っている」とも言った。
 だからマティがカイリを探し始めたのが出会う三日前であったことは偶然ではない。
 つまりマティの三日とカイリの三日はおおよそ一致しているのだ。

 さらに、ここは未来の地球であるらしい。
 五千万年前には確かに二十四時間という一日があったのだから、人類の文化が継続しているのであれば時間の単位が同じであることは自然だと思える。
 むしろこの屋敷の中で“時計”が見つからなかったことの方が不思議だった。
 太陽が沈まない世界で、マティが日数の経過をどのように知っているのかは本人に聞いたほうが早いだろう。
 だが今のカイリにとって、そんなことはどうでもよかった。

「あの……」

 遠慮がちに声をかけるマティ。
 なに? と返事をするカイリに、ゆっくりと質問する。

「“唯一解けなかった謎”とは、どういうことでしょうか?」

 暗い表情のままカイリが答えた。

「ああ……この三日間、朝に冷蔵庫を開けると食料が満たされていたことだよ。
 最初は魔法の冷蔵庫なのかと思ったんだけど、そんな魔法や魔法道具なんて存在しないはずだとわかったからね。
 俺にとって、この世界で最後に残されたミステリーだったんだ」

 カイリの言葉遣いが以前よりも優しくなったようにマティは感じていた。
 丁寧語や少し乱暴なタメ口のいずれでもない、自然体の言葉に聞こえる。
 だがそうなった理由がわからない。
 カイリの表情は暗いままだ。

「すみません。
 マスターと顔を合わせづらかったんです」
「いいんだ。
 俺の方こそ、デリカシーのない言い方をして悪かった。
 ごめん」

 森の中でエルフ族の矢に怯《おび》えていたマスター。
 地平線に浮かぶ夕日に目を奪われていたマスター。
 部屋の照明が点灯して驚いていたマスター。
 そんな感情豊かな青年だったはずのマスターに何があったのか。
 三日前に飛び出してからようやく和解したものの、元気のないカイリを見るマティの心は晴れない。

「この三日間、マスターがずっと予言書や過去のマスターたちの日記を読まれていたことは知っています。
 翻訳されたメモの通りに呪文を唱えても魔法が使えなくて、がっかりされたのではありませんか?」
「あ、いや……」

 カイリの生気が感じられない理由は、魔法を上手く使えなくて落ち込んでいるからだろうか?

「翻訳されたメモを読むだけでは、魔法は発動しません。
 古代言語を正確に発音しないといけませんから。
 過去のマスターたちもかなり苦労されましたが、ほとんどのマスターが最終的には汎数《レベル》6の高位魔法まで使いこなされるようになったので、マスターもきっと大丈夫ですよ」
「6……まで……」

 カイリの顔に驚きの感情が浮かんだ。

「はい。
 この世界で魔術師と呼ばれる者でも、たいていは私と同じで汎数《レベル》1の魔法と汎数《レベル》2の魔法をいくつか扱える程度です。
 でもマスターなら……」
「……そんなに低いのか」
「……え?」

 カイリの言葉の意味を理解しかねて、マティが黙った。
 それに気づいて謝るカイリ。

「ああ、ごめん。まだ試してないんだけど、最高位の汎数《レベル》26まで問題なく使えると思う。要俳《キーワード》は全部覚えたしね」
「…………は?」

 二人の間に漂う沈黙。

「え、あれ?
 俺が予言書を読んでいたのは知ってるって言ったよね?」
「え、ええ」

 ぎこちなく答えるマティに、言葉を続けるカイリ。

「この三日で予言書を全部読み終わって、その後にカイ・リューベンスフィアたちの日記が書かれたノートも読んだんだけど、英語はともかくロシア語やら中国語やらアラビア語やら、こっちの方が解読するのが大変で……」
「予言書を……読み終わって……?」

 カイリはマティが完全に固まっていることに気づいた。
 よく見ると小さな唇が震えている。

「その……眺めていただけですよね?
 だって、ぺらぺらとページをめくっていただけでしたし、そもそも大部分の未解読の本は読めないはずで……」

 そこまで聞いて、カイリはようやく自分が説明不足だったことに気づく。
 予言書がカイリの母国語で書かれていることと、自分の瞬間記憶能力についてである。


 ~ 第十話へ続く ~


コメント

2014.8.31 修正(rev.1)
2014.9.6 修正(rev.2)

カイリくんの目がよどんでしまった理由は?
そして電気の謎は解けませんでした。残った最後の謎w

今更なんですが、マティが流暢《りゅうちょう》な日本語でささやいたという
魔法の詠唱について質問です。
「高目移行放棄《ランクアップキャンセル》・汎数《レベル》1」
これ、どっちを唱えているんですか?
「こうもくいこうほうき・はんすういち」?
「ランクアップキャンセル・レベル1」?

最高気温は落ち着いてきたものの、雨が多くてカビが生えそう
はやくカラっと涼しい気候になって欲しいものです。

◆Aryuさん
いつもコメントをありがとうございます。
残った最後の謎w
カイリの様子と電気のことは、世界の秘密ネタに絡むのでしばらく謎のままになるかもです。
忘れたころに回収かなぁ。
でも世界の秘密のことは、ここまできたらさっさと明かす方がいいような気もしています。

詠唱は「ランクアップ」の方ですね。
《》内はルビのつもりです。
日本語と言いつつカタカナ英語なんですよね~。
そこをネイティブに発音すると魔法が発動しなくて、カイ・リューベンスフィアたちは苦労したんだ、きっと。
知らないけど。
それもあって、キーワードは日本語らしくしています。
うん、カタカナ英語部分はネイティブ発音でもOKです、たぶん。
カイリの英語の発音が上手いとは思えないので、彼には確かめようがありませんが。

あえて本文には書きませんが、もし読むとしたら
「たかめ いこう ほうき」になります。
漢字部分は私のお遊びなので、意味不明でもOKかなと。
Aryuさんには、ばれてると思いますけどw

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