FFXI小説「カーバンクル・カーズ」
目次
登場人物紹介
第一話 白絹の少女 (1) (2) (3) (4)
第二話 罠 (1) (2)
第三話 黒き雷光団 (1) (2) (3) (4)
第四話 下層の歌姫 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)
第五話 刺客の価値 (1) (2) (3)
第五話 刺客の価値 (4)
観音開きのドアの取っ手には布飾りがかぶせてある。それに手をかけて、音を立てないようにそっとドアを開ける者がいた。その指には〝呪いの指輪〟がはめられている。
雨水がしたたるブラッククロークのフードをおろして十分な聴覚を確保し、周囲の物音に警戒しているのは背の高いヒューム女性であった。美しいライトブラウンの髪は前髪が右側にたらされ、残りの髪の一部が後ろで小さくまとめてられている。一つしかない部屋の中には様々な小物や合成素材が散乱していた。そしてモーグリがいないことをブルーの瞳で確認し、その幸運に喜んだ。どうやらこの家のモーグリは外出中のようだ。
部屋に置かれた大きなベッドには、銀髪のタルタルが横たわっている。意識があるのかないのか……熱っぽい顔が苦しそうであった。
「油断しましたわね、タルタルくん。まさか拾ったダガーの柄の方に毒薬が塗ってあるとは思わなかったでしょう?」
余裕たっぷりに声をかけた侵入者の女性は、タルタルの反応を待った。タルタルは少し動いたが、返事はない。呼吸が苦しそうだ。
「錬金術師のあなたは一目でポイズンダガーであることを見抜いたでしょうね。そして刃から染み出す毒に警戒して、柄を掴んだことでしょう。そこに、皮膚から染みる遅効性の毒が塗られているとも知らずに……」
「なぜ……」
サシュがようやく口を開いた。
「なぜ、私を狙うのかは知らないけど……」
黙ったままの女性に、サシュが言葉を続けた。
「とどめをさしに来たのでは? ……ずいぶん口数が多い……」
「……まだ強がる元気があるみたいですわね。心配しなくてもあなたは明日の朝には間違いなく死にます。そういう毒ですから……私は確認に来ただけですわ」
なるほど……とサシュは納得した。
「ひどいことをする人だ……一体何のために……」
「ベッケル様のご意思です。あの方の崇高な理想を知り、その上で逆らう者は全て抹殺される運命なのですわ」
女性がきっぱりと言った。
またベッケルか……その身を隠してさえ、俺のことは忘れてくれないらしい……。
サシュは苦々しい思いに一層気分が悪くなった。
「ああ……そのせいで……帰ってすぐに、手袋《ミトン》を洗うはめになってしまった」
「何を言っているのか……ミトンなど簡単に透過する毒ですわ。そんなに苦しそうなのに今さらウソをつかなくても……」
くすりと笑いかけた女性は、サシュが指差す方向を見た。そこには洗濯ロープにぶら下げて干されたミトンがあった。
「私は……この国で〝サシュカシュ様〟なんて呼ばれているけど……サシュカシュは本名で……実は冒険者ランクが……10なんだ」
「……ばかを言わないでください。ランク10と言えば、その国の〝英雄〟クラスではないですか。もう何年も、ランク10の冒険者など出ていないはずですわ」
女性はサシュが何を言いたいのかわからなかった。ただ、苦しそうでありながら余裕のある言葉に警戒し始めている。
「うん、まぁ、事情があってランク10の冒険者が出たことは秘密になってるからね。知っているのは、ウィンダス上層部と天の塔受付嬢のクピピさんくらい……のはずだった」
女性は黙ったまま周囲を警戒したが、他に人が潜んでいられるような場所はない。タルタルの苦しそうな様子も演技とは思えない。
「私がランク10になった経緯が記された書物は禁書になったんだ。ところが……この国ではよくあることなんだけど、それが週刊魔法パラダイスの記者にすっぱぬかれて……国中に知れ渡ってしまった。もともと噂が流れていたところにそれが裏付けになって……たいていの国民は私がランク10だと知ってしまっている……」
「そうですか……その英雄の命も、明日の朝までですわね」
サシュが微笑んだ。
「ランク10になった時、神子様が私にくれたのがあのミトン。対ポイズン効果アップの……毒を通さない手袋なんだ。ちなみに私は今、風邪でとても体調が悪い……雨に打たれすぎたみたいだ」
女性の顔色が変わった。彼女がとまどっている間に、サシュが言葉を重ねた。
「おっと動かないで。この部屋には、あなたの登場を心待ちにしていたトラップが仕掛けてある」
サシュが上半身を起こした。
「その一つめに、あなたはすでに触れてしまった」
*
「神子さま……お聞きになりましたか?」
フード付きの白い衣装は、ウィンダス石の区にある天の塔に勤める者の証。金髪の先をオレンジ色に染めた可愛いタルタル女性が、ウィンダスを治める星の神子の元を訪れていた。若く見えるのはタルタル族だから……実際は神子様が生まれた時から世話をしている年老いた女性ズババである。
「ズババ……何事でしょうか?」
透き通るような声で答えたのは星の神子様。長い黒髪を後ろに結い上げたタルタル女性。星のお告げを国民に伝えるウィンダス連邦の統治者である。まだ若く、周囲の者に頼っている部分が多い。
ここは、巨大な星の大樹の根に覆われた天の塔の最上階。そこにある星の神子様の部屋。他国の者はもちろん、一般国民もけして入れない神聖な領域である。
「サシュカシュが戻ったようです。塔の者達がうわついて、公務が……」
「サシュカシュが!」
神子の顔がぱっと輝いた。
「彼には、ジョーカーの件でとても世話になりました。すぐに出迎えの準備を……」
「神子さま!」
ズババが神子を睨《にら》んでいた。
「サシュカシュのことは、世間には秘密です。出迎えの準備などできません」
「そうでしたね……せめてここを訪れてくれないでしょうか……今どんな冒険をしているのか聞かせてほしいものです」
ズババが首を横に振った。
「無理ですね。ここに入れる冒険者は高ランクの国家指令《ミッション》を受けた者だけです。それに……彼も特別な待遇は望んでいないでしょう」
最後の言葉に神子が落胆の表情を見せた。
「そうですね……彼はそういう人です。それに……私自身がもっと強くなると彼に約束したのでした……」
気を取り直した神子が、しっかりとした口調でズババに指示した。
「それでも、彼が天の塔を頼ることがあれば、必ず手助けを。天の塔が恩義を忘れることがあってはなりません」
「仰せのままに」
ズババが一礼して部屋を去った。
独りになった広い部屋で、溜息をつく神子……。
「サシュカシュ……カサネネと赤子のことはお気の毒でした。どうか新しい人生を……あなたらしく輝く生き方を……その時、あなたの隣にいるのは……」
部屋のドアがノックされた。星詠みの時間がきたのであった。
*
「一つめのトラップ……ですって?」
侵入者にして暗殺者の女性は、先程までと立場が逆転していることに愕然とした。相変わらず熱っぽく苦しそうな表情で答えるサシュ。
「……ドアの取っ手に、布飾りがついていたでしょう? その布に……ダガーの柄から抽出した毒を塗っておいたんだ。あなたの命は、明日の……夕方くらいまでかな?」
「く……!」
美しい顔を悔しそうに歪めると、女性は背負っていたかばんから小瓶を取り出した。
……その瞬間をサシュは待っていた。
「今だ、モーグリ!!」
「任せるクポー!」
家具の陰からモーグリが飛び出した。人が隠れるには狭いスペースも、モーグリが隠れるには十分だった。
「え!?」
慌てる女性から小瓶を奪うと、モーグリはすぐに小瓶をサシュに投げた。
「返してっ! その特別な毒消しがないと、私が……!」
「動くなと言ったはずだ!」
女性の動きを牽制すると、サシュが何でもないように言った。
「……大丈夫ですよ。取っ手の毒はウソです」
「……え、どういう……?」
その場のペースを完全にサシュが握っていた。サシュは落ち着いて小瓶から毒消しを飲んだ。
「雨に打たれたのは今日……いきなりこんなに風邪がひどくなるわけないでしょう……さすがに今回は死ぬかと思いました。あなたが毒消しを持っていてくれて良かった」
「……ミトンの話は……」
女性がかばんを床に置きながら聞いた。
「もちろんウソです……許してください、生きるか死ぬかの瀬戸際だったんですから……ランク10の話は本当ですけどね」
女性はサシュの方が一枚上手であることを自覚した。急速に元気を取り戻しつつあるサシュ。もう一度ペースを取り戻すには……いや、はじめからこのタルタルのペースだった……それを覆すには……。
「いきなり精霊魔法とか撃たないでくださいよ。この魔法国家で、街での魔法犯罪は瞬時に検挙されます。ガード達があなたの記憶からベッケルの情報を引き出すのは簡単です……ここウィンダスではね」
「いいえ……もうベッケルのことはいいですわ」
急に態度を変えてうつむく女性。
「………?」
不思議がるサシュの前で女性が頬を染めていた。もうなりふり構ってはいられないと暗殺者は思った。殺して帰らなければ、〝呪いの指輪〟を外してもらえない……それ以前に、任務失敗で自分が殺されるかもしれない。ベッケルの非情さは身に染みてよくわかっている。
騒ぎを大きくせず、確実にこのタルタルを殺す……。そのためには、なんとしても油断させる必要がある。
「クポッ!?」
手持ち無沙汰にぱたぱたと飛んでいたモーグリが、両手で自分の目を覆った。
女性が上着を脱いでいた。
「お忘れかもしれませんが……飛空艇公社で助けていただいた者です。あなたの優しさに惚れました……。もともと暗殺など気が進まなかったのです……ベッケルの元を去ることにしますわ……そして、お詫びと……信用していただくために……私にはこれくらいしか……」
理由はどうでも良かった。冷静に考えればありえない展開なのだ。だが……まともな男なら理性を取り戻すまでの時間が油断になることを、暗殺者は知っていた。
胸を覆う下着に自分で手をかけ、ゆっくりと外し……形のいい大きな乳房が現れた。夜の家に女性とサシュの二人だけ。カリリエより大きそうだな……と、不謹慎な思いがサシュの頭をよぎった。
「ヒューム女の身体には、興味ありませんか……?」
女性は耳まで真っ赤だった。
「そんなことはないけど……こちらに来るなら、背中に隠した手に持っている武器を置いて来てほしい」
「……かわいくないタルタルですわ!!」
一瞬の出来事だった。暗殺者が右手に持ったブラスダガーを振り上げてサシュが座るベッドに突進したのだ。突進したと言っても、ほんの二、三メートルの距離である。あっという間にベッドの上が血に染まるはずであった。
……だが。
その一瞬、暗殺者は何が起こったかわからなかったに違いない。一歩踏み出した途端、バシッという音とともに全身が硬直したのだ。つま先から頭髪の先まで。足元から水蒸気が舞った。
「今だ、モーグリ!」
本日二回目のセリフをサシュが放つと、モーグリが元気よくロープを飛ばした。
「荷造りは得意クポー!」
くるくると螺旋を描くように宙に舞った荷造り用のロープが、あっという間に侵入者を身動きできないように縛り上げた。
「な……く……!」
上半身裸のままもがく女性を、サシュがシーツで覆った。
「私が使っていたシーツで悪いけど……」
そうしてベッドを降りると、サシュは布に隠されたアイスシールドを床から拾い上げた。
「トラップがあるから、動かないでって言ったのに」
女性がアイスシールドを踏んだ途端、アイススパイクが発動し、彼女は一瞬で麻痺したのだった。アイスシールドは、もちろんカリリエから借りたものだ。もう入ってきていいよ……とミサヨにテルを飛ばす。
ミサヨとカリリエがすぐにドアから入ってきた。
「もう、待ちくたびれたよ……」
「長い時間心配させて、一体何を……」
二人の動きが止まった。
ミサヨが顔を赤くして、くるりと後ろを向いた。
「サシュがそういう趣味の人だとは知らなかったわ」
カリリエは、怒りの形相に変わった。
「サ……あんた、相手が暗殺者だからって、やっていいことと悪いことが……!」
はっとしてサシュが振り返った。
ベッドの上で、シーツが半分はだけて白い肌と食い込んだロープをのぞかせた女性暗殺者の姿があった……。
がくりと脱力するサシュ。モーグリが口をおさえて笑っていた。
~(5)へ続く~
コメント
ほんとにサシュカシュ死ぬの~?と思ったよ~(´;ω;`)
良かったです~
そういう趣味なんて・・・(;一_一)
・・・・・・・そっか そーいう趣味が・・・
今年は大変お世話になりました。
で、来年もお世話になりますw
新しい年がさしゅさんにとって良い年でありますように♪
いえ、最後の記事かな……?
年越しだからどうこうって気持ちはわいて来ないのですが、あえて区切りをつけるのもいいかもしれません。
小花さんやサトさんの記事を見て、そういえば今年最後の挨拶記事を書くことなんてまるで思いついていなかったなぁ……と( ̄▽ ̄;
それにしても……ある程度予想はしていましたが……みんなでソコだけつっこみますかっΣ( ̄▽ ̄;
もう少し他に書くところはないんですかっ( ̄▽ ̄;
うぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇん!
……喜んでもらえて(??)良かったですw
◆えこさん
いえその趣味はありません……だって、面倒そうじゃないですか!w
◆アネさん
その近付けるように……って、どういう部分に近付けるようにと言っているのかどきどきする私です( ̄▽ ̄;
しょ……しょせん、小説の中の人物ですからっ!
で、そういう趣味は誤解ですから!!w
◆サトさん
ありがとうございます~。
サシュカシュが死んだら、次はミサヨとカリリエの物語……って、素人小説だからそういう急展開もありかも?w
……て、ありませんよぅ。
ハッピーエンドにすることだけは約束しておきますからっ( ̄▽ ̄〃
でも、物語に入り込んで読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございます!
で、そういう趣味はないですから……て、全員に返事してると否定しすぎるところが怪しいとか思われそう……( ̄▽ ̄;
◆小花さん
いぁ、ごめんなさい、そんなに期待されてもそういう趣味はありません( ̄▽ ̄;
そういう趣味がありそうなのは……うーん、誰だろう……み……あ、いぇ、なんでもありませんw( ̄▽ ̄;
年末のご挨拶をありがとうございます。
こちらこそ今年も来年もお世話になります~♪
前回はコメント書けず申し訳ない。更新されていたのに気付きませんでした。
さて、嗜好云々は置いておいて1つだけw
「サシュカシュ……カサネネと娘のことはお気の毒でした。
サシュさんと神子様、そしてカサネネさんとの関係はまだわかりかねるので置いておきますが、娘は0才で亡くなったと言う事は神子様と会ったことは殆ど、もしくは0なのでしょう。
だとするなら神子様の性格からして娘さんと言ったほうがいいかもしれません。
と、新年早々長くなりましたがこの辺で、
本年もどうぞよろしくお願い致します。
はぴにゃー。
コメントありがとうございます。
毎週日曜に更新してますので、よろしくお願いしますw
私の記憶する限り、神子さまは「さん」付けは使わないので、「娘さん」は変かも??
目上は「様」付け、目下は呼び捨てって感じかと~。
うーん、「娘」で違和感あるようですので「赤子」にしてみます……。
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