珈琲は一日二杯まで

あずの気が向いたときに気が向いたことを書く場所です

ゲームのことを書いたり、絵を描いたり、漫画を描いたり、小説を書いたり、適当に何でもありな趣味のブログです。

竜連れ1-1

 
「竜を連れた魔法使い」
目次


 第一話 沈まない太陽 (1)

 見通しの悪い鬱蒼《うっそう》とした暗い森には、不思議な木々が生えていた。幹の片側にだけ枝が密集しているのだ。頭上は幾重にも重なった大振りの枝とたくさんの葉に覆われ、空が見えない。どこかから入りこむ光が、目に映るものをうっすらと夕陽の茜《あかね》色に染めている。時折響く鳥や獣のけたたましい鳴き声が、耳に不快感を残した。
 見知らぬ森で夜が迫る恐怖を感じたのは、最初の半日くらいだったな……とカイリは思った。有名大学に推薦入学が決まっていた十八歳の誕生日。裕福とは言えない両親が買ってくれたのは、チタン製のソーラー電波腕時計だった。覚えているのはそこまでで、気が付くと高校の制服を着たまま、この森の中で寝ていた。目を覚ましてから腕時計の短針が六周目を過ぎ、文字盤の小窓からのぞく日付を示す数字が三回変わっても、夜が訪れることはなかった。
 時計が壊れているわけではない……定期的に訪れる空腹と睡魔が時の流れを告げている。
 すでに、豊富にぶら下がっている果汁たっぷりの木の実を口にすることに抵抗感はなくなっていた。登れそうな樹もなく、地面に敷き詰めた小枝と大きな葉を重ねた寝床で、堂々と寝ることにも慣れてきた。獰猛な獣に襲われるかも知れないという恐怖感は薄れつつあり、赤い光に満たされていたはずの世界も、目の方が慣れてしまって赤く感じなくなっていた。
 三日間、ただ無精ひげが伸びるのを楽しんでいたわけではない。目が覚めたら、いきなりこんな奇妙な森の中に放り出されていた。誰が何のためにこんなことをしてくれたのか……あるいは人知を超えた神のいたずらなのか。
 ……元の暮らしに戻れるのか……。
 何かしらの手掛かりを得るため、起きている間は歩き続けた……と言っても休憩しながらだが。運動は苦手で、体育会系の部活動に参加したことはない。体力にはまるで自信がなかった。
 ともかく。
 森の中を歩き続けた成果が、ついに現れる時が来た。立ち並ぶ幹の間に小さな池が見え、そこだけが明るい陽の光に満たされていたのだ。空を見られる……それだけのことが、この三日間で最大の事件と言えた。赤い光に満たされ、夜が来ない世界の秘密に迫る手掛かりが得られるはずだ。
 自然に急ぎ足になった。
 直径十メートル程度の小さな池の水面がキラキラと光っているのが見える。目が慣れてしまった今となっては白い光に見えるが、実際は赤い光のはずだ。

 ……ついに池の前に出た。
 池の形に合わせて、空が木々で丸く切り取られている。それを見上げたカイリは……呆然とした。心のどこかでまだ期待していた。この世界が人工物で、人工の赤いライトが光っていることを。歩く距離が長くなるにつれて、そんな広大な建造物などありえないと思い始めてはいたのだが……。わずかな期待が打ち砕かれた瞬間だった。
 空は高く、紅く染まっているはずの雲がすごい勢いで流れている。地上はこんなに穏やかなのに、上空は台風でも来ているかのようにすさまじい風が吹いているらしい。
本当は赤と紫のグラデーションなのだろう……しかし目が慣れてしまったカイリには、夕焼け空が白と青の爽快な空に見える。
 光の角度から、陽がずいぶん傾いた状態……おそらく日没間際であろうことがわかったが、周囲の樹が高すぎて太陽は見えなかった。
「ふ……ふふ」
 なぜか笑いが漏れる……気が触れたわけではない。自分の力ではどうしようもない……誰かに助けを求めればどうにかなるわけでもない……。その無力感が、奇妙な開放感と共に、虚しい笑いをこぼしたのだ。
 これが夢じゃないことは実感としてわかる。
「この世界じゃ、俺の才能も役に立たない……よなぁ」
 カイリには一つだけ、常人のレベルをはるかに超える生まれつきの才能があった。小学生の頃にはテレビに出演して世間に披露したこともある。……が、楽しいのは最初のうちだけだった。自分に近寄ってくるのは、テレビ関係者か脳神経学の研究者ばかり。くだらない実験につき合わされるのに飽きた頃……自分に友達と呼べる存在がいないことに気づいた。クラスメートは、カイリの才能を気持ち悪いと感じているようだった。
 そして……中学に上がる前に自らその才能を封印し、〝小学生の頃は神童と呼ばれた普通の人〟を演出するようになった。高校では、普通の人として普通に人と付き合い、普通に生きてきた……。

 ふとカイリは思った。この世界にも、人はいるのだろうか……?
「はぃりふるほぉーんふるるれーにぁ?」
 いきなり背後から、意味不明の声をかけられた。獣の鳴き声ではない……歌うように美しい女性の声だ。
「はるまりぃーにあ!」
 振り返ったカイリの顔に、何かがぶつかった。

   *

 顔にぶつかったもの。鳥か巨大な昆虫か……と思ったが、柔らかい。〝ぱふっ〟と当たった感触をたとえるなら、綿を詰めた布製の人形だろうか。
 動いている。
 額《ひたい》にヒヤリと冷たい感触があり、カイリは思わず「わぁ!」と声をあげた。同時に〝彼女〟が離れた。周囲を見渡すが、他に誰もいない……先ほどの意味不明言語の主は彼女だろう。前方二メートルの空中に、彼女が浮いている。身長は三十センチくらいだろうか……まさに人形だ。チェックの長袖シャツに、デニムの胸当付《サロペット》スカートを身に付けている。ストレートに伸びたつややかな黒髪は、肩の下から緩やかなウェーブになって腰まで達していた。やや幼いが整った可愛い顔を少し傾け、カイリを見つめている。その黒い瞳は、期待と不安に満ちているようだ。その背中には……緑がかった透明の翅《はね》が生えている。
(ここは……おとぎ話の世界ですか……?)
 猛獣の襲撃を心配することはあったが、こんな得体の知れない生き物に出会うとは想像しなかった。――異常だ。
 人型をしている……服を着ている……しかも……翅は動いていないのだ。それで空中に浮いている……。
 自分の正気を疑いはじめたカイリに、彼女が再び声をかけた……寂しそうに。
「マスター……やはり記憶は受け継がれなかったのですね……それでも……」
 ハッとするカイリ。彼女の言葉を理解できている……?
「それでも……嬉しいです……!」
 可愛い顔が泣き顔になっていた。ポロポロと涙をこぼし、手で顔をこすっている。
「ちょっ……」
 ちょっと待ってくれ、わけがわからない……と、カイリが言おうとした時。
 ヒュンッと高速の何かが風を切り裂き……、ターン……!! と、乾いた鋭い音が背後で大きく響いた。振り返ると、太い樹の幹に一本の矢が突き刺さっている。
「なっ……!」
 声をあげたのは、彼女だった。
「無礼な……まさか、エステル……協定を破るつもりなの……!?」
「ぼけっとしてんなっ!」
 カイリはイライラするように彼女に手を伸ばして掴《つか》み、その小さな身体を地面に叩き付けないように注意して、自らも伏せた。同時に二本目の矢が、大きな音を森にこだまさせた。
 どうして彼女を助けようと思ったのか、カイリは自分で自分が不思議だった。この世界の貴重な情報源だからか。小さくて弱々しく見えたからなのか。それとも……何かの縁なのか。
 いずれにしても、とっさの行動だった。
 気がつくと小さな少女は、伏せているカイリの顔の前で地面に立っていた。目を伏せて、ぶつぶつと何かをつぶやいている……そして、叫んだ。
「〈離位置《テレポート》〉……!」
 カイリは、地面が円を描いて白く光るのを見た。そして小さな少女と共に、白い輝きに包まれ……静かに消えた。

   *

 カイリと〝妖精《フェアリ》〟の少女が消えた場所に、大きな弓を背負った軽装の男が姿を見せた。背は高いが、弓を扱えるとは思えないほどの華奢《きゃしゃ》な身体で、耳が長く尖っている。
「あれが……カイ・リューベンスフィアを継ぐ者ですか……。黒髪の男……その顔、しっかり覚えましたよ」
 美しい輪郭の細面《ほそおもて》に、まつ毛の長い金色の瞳がキラリと光った。
「すでに、テクニティファ様と出会ってしまったのは残念ですが……」
 男はくすりと笑った。
「まだ防御魔法さえ扱えないようですね……エステル様に報告しなければ」
 男は長い前髪をかき上げると、〈離位置《テレポート》〉の呪文を唱えた。
 地面が円を描いて白く光り、男が消える。
 森に鳥や獣の鳴き声が戻った……。

 ~(2)へ続く

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